労務勉強中

人事労務部門の若手社員による、給与、社会保険など労務関係について勉強したことのメモ

厚生年金は「保険」だが、国民年金は「保険」ではない? 休職中でも社会保険料が免除にならない理由の考察

 予め断っておくが、記事の題は言い過ぎである。

 日本の公的年金は現在、国民年金と厚生年金の2制度がある。興味深いのは、後者の根拠法が「厚生年金保険法」なのに対し、前者が「国民年金法」である点だ。「国民年金保険」ではなく「国民年金」なのである。

 もちろん国民年金でも、加入者のことは「被保険者」と呼ぶし、拠出金は「保険料」と呼ぶので社会保険の一つであることには違いないが、厚生年金と比べると保険原理が弱いところがある。

 そもそも年金制度は「事前の保険料拠出を前提とする拠出制年金以外に、保険料拠出を要件としない無拠出制年金も制度設計上は可能」*1である。

 実際、国民年金の受給には資格期間が10年以上必要だが、この資格期間には保険料を払い込んだ期間だけでなく保険料が免除された期間も含む。国民年金はより広く、低所得、障害年金受給、生活保護受給、学生特例などの制度が存在する。

 また障害基礎年金については、生まれつきの障害や、20歳前に初診日のある障害を理由とする場合、所得制限を超えた場合を除いて完全無拠出で受給することが可能である。

 一方、厚生年金のほうは、保険料が免除になるのは産育休によるもののみである。たとえ傷病手当金障害厚生年金の受給中であっても免除にならない。一見厳しいようにも見えるが、これらの給付を受ける者は、その給付の中から厚生年金保険料を支払うことになる。

 その意味で傷病手当金障害厚生年金は〈拠出のための給付〉としての側面も担うこととなる。そう考えると報酬比例部分のある厚生年金保険で、長期欠勤している被保険者が保険者算定の対象となって、給料はないのに標準報酬月額が下がらないことについても、筋が通っている。

 「負担できないからハナから負担させない」のと「負担できないから、負担できるように給付する」のとでは、同じように見えてやはり違う。前者でできる給付はせいぜい最低保障であり、後者は迂遠なようであるが豊かな受給権が確立されるのだ*2。だから厚生年金は「保険」だが、国民年金は「保険」を名乗らないのだろう。

 ちなみにオランダの健康保険制度では、保険料は所得にかかわらず定額で、低所得者には保険料負担のための補助金が税を財源として支給される仕組みになっており、保険と税の役割分担が明確になっているという。子どもは親と同じ保険に加入するが、財源は税である*3。この点は被扶養者として被保険者に従属的な立場である日本の被用者保険よりも個々人の受給権が明確と言えそうだ。

*1:伊奈川秀和(2021)『社会保障の原理と政策――アドミニストレーションと社会福祉法律文化社、175ページ。

*2:こう考えると、被用者保険で、産育休者の保険料が免除になるのがいかに異様で例外的かがわかるし、私はどうも腑に落ちない。

*3:西沢和彦(2020)『医療保険制度の再構築――失われつつある「社会保険としての機能」を取り戻す』慶應義塾大学出版会、98ページ

社会保険料や雇用保険料の一部を会社が肩代わりした場合

 社会保険料雇用保険料は、事業主(会社)と被保険者(従業員)の双方が、決められた料率によって負担することになっている。しかし本来、被保険者が負担すべき部分の保険料の一部を、事業主が肩代わりした場合、どうなるだろうか。

 ※今回は、年収の壁対策として設けられている「社会保険適用促進手当」については考えず、あくまでも一般の肩代わりに関する話として理解いただきたい。

割増賃金

 時間外労働、休日労働、深夜業に対して支払う割増賃金の算定基礎には、肩代わり部分も含まなければならない。

 労働基準法、同法施行規則で割増賃金の算定基礎に参入しない賃金は限定列挙されていて、この中に肩代わりが含まれていないためである。

労働基準法施行規則
第二十一条
 法第三十七条第五項の規定によつて、家族手当及び通勤手当のほか、次に掲げる賃金は、同条第一項及び第四項の割増賃金の基礎となる賃金には算入しない。
  別居手当
  子女教育手当
  住宅手当
  臨時に支払われた賃金
  一箇月を超える期間ごとに支払われる賃金

平均賃金

 休業手当や労災の休業補償、解雇予告手当などの計算に使われる平均賃金の算定基礎には、肩代わり分を含まなければならない。

 やはり労働基準法で、平均賃金の計算時に除外してよい賃金に含まれていないためである。

労働基準法

第十一条 この法律で賃金とは、賃金、給料、手当、賞与その他名称の如何を問わず、労働の対償として使用者が労働者に支払うすべてのものをいう。

第十二条 この法律で平均賃金とは、これを算定すべき事由の発生した日以前三箇月間にその労働者に対し支払われた賃金の総額を、その期間の総日数で除した金額をいう。〔略〕

 〔中略〕

 第一項の賃金の総額には、臨時に支払われた賃金及び三箇月を超える期間ごとに支払われる賃金並びに通貨以外のもので支払われた賃金で一定の範囲に属しないものは算入しない。

 〔中略〕

⑧ 第一項乃至第六項によつて算定し得ない場合の平均賃金は、厚生労働大臣の定めるところによる。

労働保険の賃金、社会保険の報酬

 労働保険における「賃金」、社会保険における「報酬」にも含めなければならない。

 「賃金」については下記のとおり、通達が出ている。

昭和63年3月14日付け基発第150号・婦発第47号「労働基準法関係解釈例規について」

所得税等の事業主負担〉

一、労働者が法令により負担すべき所得税等(健康保険料、厚生年金保険料、雇用保険料等を含む。)を事業主が労働者に代って負担する場合は、これらの労働者が法律上当然生ずる義務を免れるのであるから、その事業主が労働者に代って負担する部分は賃金とみなされる。

ニ、これに対し、労働者が自己を被保険者として生命保険会社等と任意に保険契約を締結したときに企業が保険料の補助を行う場合、その保険料助成金は、労働者の福利厚生のために使用者が負担するものであるから、賃金とは認められない。〔昭和六三・三・一四基発第一五〇号〕

 「報酬」については明確に通達が出ているわけではないが、同様と考えるべきだろう。また現在の社会保険適用促進手当に関する特例で、同手当は「被用者保険の適用に係る労使双方の保険料負担を軽減する観点から」*1、時限的に標準報酬月額、標準賞与額の算定から外すことになっているため、逆算的には通常含めるべきものと解釈できる。

給与課税と社会保険料控除

 全員を対象に肩代わりし、かつその額が月300円以下である場合は、肩代わりする金額に対して給与課税する必要はない。ただこの場合、所得税、住民税の社会保険料控除の金額には、肩代わりした金額は含めないことになっている。

 一方、肩代わりした金額に対して給与課税する場合は、社会保険料控除の額にも含めることになっている。

所得税基本通達*2

36-32 使用者が役員又は使用人のために次に掲げる保険料又は掛金を負担することにより当該役員又は使用人が受ける経済的利益については、その者につきその月中に負担する金額の合計額が300円以下である場合に限り、課税しなくて差し支えない。ただし、使用者が役員又は特定の使用人(これらの者の親族を含む。)のみを対象として当該保険料又は掛金を負担することにより当該役員又は使用人が受ける経済的利益については、この限りでない。(昭46直審(所)19、昭63直法6-7、直所3-8改正)

 (1) 健康保険法、雇用保険法厚生年金保険法又は船員保険法の規定により役員又は使用人が被保険者として負担すべき保険料

 〔以下略〕

所得税基本通達*3

74・75-4 役員又は使用人が被保険者として負担すべき社会保険料を使用者が負担した場合には、その負担した金額は、役員又は使用人が支払った又は給与から控除される社会保険料の金額には含まれないものとする。ただし、その負担した金額でその役員又は使用人の給与等として課税されたものは、給与から控除される社会保険料の金額に含まれるものとする。(昭46直審(所)19、平23課個2-33、課法9-9、課審4-46改正)

ところで

 例えば賃金規程で「被保険者負担分の社会保険料の半額を会社が補助する」というルールがあるとする。

 社会保険料は標準報酬月額によって決まっており、毎月の給料がただちに社会保険料にも反映されるわけではないので、肩代わりはやりやすい。ただ社会保険料は休職中でも発生するため、その一部を補助した場合、補助額によっては補助額に対して所得税雇用保険料が発生してしまうのがネックである。

 では「従業員負担分の雇用保険料の半額を会社が補助する」というルールを設けた場合はどうなるか。

 例えば、ある月のある従業員の給与が基本給30万円、家族手当1万円だったとする。賃金総額は31万円になる。

 雇用保険料率が1.55%、うち従業員負担分が0.6%の会社の場合、まず普通に計算すると次のようになる。

  • 雇用保険料の総額は31万円×1.55%=4,805円
  • 従業員が本来負担すべき保険料は31万円×0.6%=1,860円
  • このうち半額を会社が負担するので、従業員の実際の負担は930円
  • 会社負担分は4,805円-(1,860円-930円)=3,875円

 ただし、従業員負担分の半額930円を会社が肩代わりすることになる。この部分にも雇用保険料はかかってくることになるが、どう計算するかは明確ではない。

 たとえばこの930円に別途、料率をかけて計算するやり方が考えられる。

  • 新たな賃金930円に対応する雇用保険料総額は930円×1.55%=14円
  • 従業員が本来負担すべき保険料は930円×0.6%=6円
  • このうち半額を会社が負担するので、従業員の実際の負担は3円
  • 会社負担分は14-(6-3)=11円

 この場合結局、従業員負担は930+3=933円、会社負担は3,875+11=3,886円となる。ただし、繰り返しになるがこの計算方法でいいのかどうかはよくわからない。

健康保険の「家族療養費」の法規定が回りくどい――現物給付と現金給付

 健康保険による給付については、健康保険法に定めがある。

 最も基本的な給付は〈保険証(被保険者証)を見せれば自己負担は3割(原則)で済む〉というものだが、被保険者については「療養の給付」であるのに対して、被扶養者については「家族療養費」という名称になっている。

 (保険給付の種類)
第五十二条 被保険者に係るこの法律による保険給付は、次のとおりとする。
  療養の給付並びに入院時食事療養費、入院時生活療養費、保険外併用療養費、療養費、訪問看護療養費及び移送費の支給
 〔中略〕
  家族療養費、家族訪問看護療養費及び家族移送費の支給

 被保険者の「療養の給付」は名前のとおり、療養というサービスそれ自体を給付するというものである。「自己負担が3割で済む」という実態から、なんとなく「医療費の7割引」が保険給付のような印象があるが、法律上はそうなっていない。あくまでサービス自体が給付され、ただし医療費の3割を「一部負担金」として納める、ということになっている。

(療養の給付)
第六十三条 被保険者の疾病又は負傷に関しては、次に掲げる療養の給付を行う。
  診察
  薬剤又は治療材料の支給
  処置、手術その他の治療
  居宅における療養上の管理及びその療養に伴う世話その他の看護
  病院又は診療所への入院及びその療養に伴う世話その他の看護
 〔中略〕
 第一項の給付を受けようとする者は、厚生労働省令で定めるところにより、次に掲げる病院若しくは診療所又は薬局のうち、自己の選定するものから、電子資格確認その他厚生労働省令で定める方法(以下「電子資格確認等」という。)により、被保険者であることの確認を受け、同項の給付を受けるものとする。
  厚生労働大臣の指定を受けた病院若しくは診療所(第六十五条の規定により病床の全部又は一部を除いて指定を受けたときは、その除外された病床を除く。以下「保険医療機関」という。)又は薬局(以下「保険薬局」という。)
  特定の保険者が管掌する被保険者に対して診療又は調剤を行う病院若しくは診療所又は薬局であって、当該保険者が指定したもの
  健康保険組合である保険者が開設する病院若しくは診療所又は薬局
 (一部負担金)
第七十四条 第六十三条第三項の規定により保険医療機関又は保険薬局から療養の給付を受ける者は、その給付を受ける際、次の各号に掲げる場合の区分に応じ、当該給付につき第七十六条第二項又は第三項の規定により算定した額に当該各号に定める割合を乗じて得た額を、一部負担金として、当該保険医療機関又は保険薬局に支払わなければならない。
 一 七十歳に達する日の属する月以前である場合 百分の三十
 〔以下略〕

 一方、被扶養者についての「家族療養費」については、やはり名前のとおり、「療養に要した費用」を「支給する」という給付であり、その支給額を療養費の7割と決めているという立て付けだ。このとき、支給の相手方は被扶養者ではなく被保険者である。

 とはいっても、実際にはお金が支給されるということはなく、保険証を医療機関の窓口で提示すれば3割で済むという実態は、被保険者への療養の給付と変わらない。

 これは、保険者が、家族療養費を被保険者ではなく医療機関に支払うことで、被保険者に家族療養費を支給したとみなすことができる旨、規定されているからである。

 (家族療養費)
百十条 被保険者の被扶養者が保険医療機関等のうち自己の選定するものから療養を受けたときは、被保険者に対し、その療養に要した費用について、家族療養費を支給する。
 家族療養費の額は、第一号に掲げる額(当該療養に食事療養が含まれるときは当該額及び第二号に掲げる額の合算額、当該療養に生活療養が含まれるときは当該額及び第三号に掲げる額の合算額)とする。
  当該療養(食事療養及び生活療養を除く。)につき算定した費用の額(その額が現に当該療養に要した費用の額を超えるときは、当該現に療養に要した費用の額)に次のイからニまでに掲げる場合の区分に応じ、当該イからニまでに定める割合を乗じて得た額
   被扶養者が六歳に達する日以後の最初の三月三十一日の翌日以後であって七十歳に達する日の属する月以前である場合 百分の七十
 〔中略〕
 被扶養者が第六十三条第三項第一号又は第二号に掲げる病院若しくは診療所又は薬局から療養を受けたときは、保険者は、その被扶養者が当該病院若しくは診療所又は薬局に支払うべき療養に要した費用について、家族療養費として被保険者に対し支給すべき額の限度において、被保険者に代わり、当該病院若しくは診療所又は薬局に支払うことができる。
 前項の規定による支払があったときは、被保険者に対し家族療養費の支給があったものとみなす。
 被扶養者が第六十三条第三項第三号に掲げる病院若しくは診療所又は薬局から療養を受けた場合において、保険者がその被扶養者の支払うべき療養に要した費用のうち家族療養費として被保険者に支給すべき額に相当する額の支払を免除したときは、被保険者に対し家族療養費の支給があったものとみなす。

 社会保険の給付の形態には、大きく分けて「現物給付」と「現金給付」の2種類ある。「療養の給付」は前者、「家族療養費」は本来後者だが、代理受領方式をとることで実質的には現物給付化されている。

 なぜこんな回りくどいことになっているのかについて、社会保障政策の研究者、島崎(2016)が次のように説明している*1

おそらく、こうした回りくどい条文構成としたのは、①かつては被保険者の給付は10割給付,被扶養者の給付は5割給付であり、家族療養費は費用の問題なので2分の1相当分の支給が可能であるのに対し、「療養の給付」はサービスそのものを給付するものであるので分割できないと考えられたこと(だから一旦「療養費の支給」としたうえで代理受領方式により現物給付化した)、②被扶養者は被保険者に「従属する」ものであり、被扶養者に係る保険給付の受給主体を被保険者に帰属させるという建前を維持する必要があったこと、の2つの理由によるものと思われる。

 もっとも島崎は、この区別は今となっては「無用」だと続けているのだが、とりあえず今のところは法律はこういうことになっている。

 ところで、被保険者に対する医療サービスが原則「療養の給付」という、現物給付の形をとることの意味はなんだろうか。

 もちろん、現物給付のほうが被保険者の負担が小さいということはある。現金給付の場合は、いったん費用の全額を医療機関等に支払い、後で保険者に請求して償還払いを受けることになるので、一時でも多額の費用を負担する必要が生じるのが基本である。現物給付であれば最初から一部負担金さえ用意できればそれでいい。

 一方、こういう説明もできる*2。東京から大阪まで新幹線による移動を保障するサービスがあるとする。このとき、現物給付であれば新幹線のタダ券をもらうことになるし、現金給付であれば新幹線代を現金で受け取ることになる。

 しかし東京から大阪までの移動手段は新幹線だけではない。航空機を使ったほうが早いかもしれない。このとき現金給付であれば、多少の差額は自腹を切る必要があるかもしれないが、新幹線代としてもらった現金を航空券購入に充てることも可能だ。現物給付となるとそうはいかない。あくまでもらえるのは新幹線のタダ券だから、転売して換金でもしない限り航空券を得ることはできない。

 実は健康保険の現物給付でも同じようなことはある。医者がやることならなんでも保険が使えるわけではなく、保険が適用される診療は決められている。それらを現物給付することによって、医療の品質管理をやろうとしているわけだ。

 もちろん自由診療との混合診療を解禁すべしという議論もあり、どっちがいいかは私には分からないが、今のところはそういう考え方で運用されているということをまずは押さえておきたい。

*1:島崎謙治(2016)『(社会保障と法政策)健康保険法における被扶養者の概念とその取扱い』「社会保障研究」第1巻第3号、614ページ。

*2:川渕孝一(2000)『保険給付と保険外負担の現状と展望に関する研究報告書』「日本医師会総合政策研究機構報告書」第15号、23-24ページの解説を基にした。