労務勉強中

人事労務部門の若手社員による、給与、社会保険など労務関係について勉強したことのメモ

健康保険の「家族療養費」の法規定が回りくどい――現物給付と現金給付

 健康保険による給付については、健康保険法に定めがある。

 最も基本的な給付は〈保険証(被保険者証)を見せれば自己負担は3割(原則)で済む〉というものだが、被保険者については「療養の給付」であるのに対して、被扶養者については「家族療養費」という名称になっている。

 (保険給付の種類)
第五十二条 被保険者に係るこの法律による保険給付は、次のとおりとする。
  療養の給付並びに入院時食事療養費、入院時生活療養費、保険外併用療養費、療養費、訪問看護療養費及び移送費の支給
 〔中略〕
  家族療養費、家族訪問看護療養費及び家族移送費の支給

 被保険者の「療養の給付」は名前のとおり、療養というサービスそれ自体を給付するというものである。「自己負担が3割で済む」という実態から、なんとなく「医療費の7割引」が保険給付のような印象があるが、法律上はそうなっていない。あくまでサービス自体が給付され、ただし医療費の3割を「一部負担金」として納める、ということになっている。

(療養の給付)
第六十三条 被保険者の疾病又は負傷に関しては、次に掲げる療養の給付を行う。
  診察
  薬剤又は治療材料の支給
  処置、手術その他の治療
  居宅における療養上の管理及びその療養に伴う世話その他の看護
  病院又は診療所への入院及びその療養に伴う世話その他の看護
 〔中略〕
 第一項の給付を受けようとする者は、厚生労働省令で定めるところにより、次に掲げる病院若しくは診療所又は薬局のうち、自己の選定するものから、電子資格確認その他厚生労働省令で定める方法(以下「電子資格確認等」という。)により、被保険者であることの確認を受け、同項の給付を受けるものとする。
  厚生労働大臣の指定を受けた病院若しくは診療所(第六十五条の規定により病床の全部又は一部を除いて指定を受けたときは、その除外された病床を除く。以下「保険医療機関」という。)又は薬局(以下「保険薬局」という。)
  特定の保険者が管掌する被保険者に対して診療又は調剤を行う病院若しくは診療所又は薬局であって、当該保険者が指定したもの
  健康保険組合である保険者が開設する病院若しくは診療所又は薬局
 (一部負担金)
第七十四条 第六十三条第三項の規定により保険医療機関又は保険薬局から療養の給付を受ける者は、その給付を受ける際、次の各号に掲げる場合の区分に応じ、当該給付につき第七十六条第二項又は第三項の規定により算定した額に当該各号に定める割合を乗じて得た額を、一部負担金として、当該保険医療機関又は保険薬局に支払わなければならない。
 一 七十歳に達する日の属する月以前である場合 百分の三十
 〔以下略〕

 一方、被扶養者についての「家族療養費」については、やはり名前のとおり、「療養に要した費用」を「支給する」という給付であり、その支給額を療養費の7割と決めているという立て付けだ。このとき、支給の相手方は被扶養者ではなく被保険者である。

 とはいっても、実際にはお金が支給されるということはなく、保険証を医療機関の窓口で提示すれば3割で済むという実態は、被保険者への療養の給付と変わらない。

 これは、保険者が、家族療養費を被保険者ではなく医療機関に支払うことで、被保険者に家族療養費を支給したとみなすことができる旨、規定されているからである。

 (家族療養費)
百十条 被保険者の被扶養者が保険医療機関等のうち自己の選定するものから療養を受けたときは、被保険者に対し、その療養に要した費用について、家族療養費を支給する。
 家族療養費の額は、第一号に掲げる額(当該療養に食事療養が含まれるときは当該額及び第二号に掲げる額の合算額、当該療養に生活療養が含まれるときは当該額及び第三号に掲げる額の合算額)とする。
  当該療養(食事療養及び生活療養を除く。)につき算定した費用の額(その額が現に当該療養に要した費用の額を超えるときは、当該現に療養に要した費用の額)に次のイからニまでに掲げる場合の区分に応じ、当該イからニまでに定める割合を乗じて得た額
   被扶養者が六歳に達する日以後の最初の三月三十一日の翌日以後であって七十歳に達する日の属する月以前である場合 百分の七十
 〔中略〕
 被扶養者が第六十三条第三項第一号又は第二号に掲げる病院若しくは診療所又は薬局から療養を受けたときは、保険者は、その被扶養者が当該病院若しくは診療所又は薬局に支払うべき療養に要した費用について、家族療養費として被保険者に対し支給すべき額の限度において、被保険者に代わり、当該病院若しくは診療所又は薬局に支払うことができる。
 前項の規定による支払があったときは、被保険者に対し家族療養費の支給があったものとみなす。
 被扶養者が第六十三条第三項第三号に掲げる病院若しくは診療所又は薬局から療養を受けた場合において、保険者がその被扶養者の支払うべき療養に要した費用のうち家族療養費として被保険者に支給すべき額に相当する額の支払を免除したときは、被保険者に対し家族療養費の支給があったものとみなす。

 社会保険の給付の形態には、大きく分けて「現物給付」と「現金給付」の2種類ある。「療養の給付」は前者、「家族療養費」は本来後者だが、代理受領方式をとることで実質的には現物給付化されている。

 なぜこんな回りくどいことになっているのかについて、社会保障政策の研究者、島崎(2016)が次のように説明している*1

おそらく、こうした回りくどい条文構成としたのは、①かつては被保険者の給付は10割給付,被扶養者の給付は5割給付であり、家族療養費は費用の問題なので2分の1相当分の支給が可能であるのに対し、「療養の給付」はサービスそのものを給付するものであるので分割できないと考えられたこと(だから一旦「療養費の支給」としたうえで代理受領方式により現物給付化した)、②被扶養者は被保険者に「従属する」ものであり、被扶養者に係る保険給付の受給主体を被保険者に帰属させるという建前を維持する必要があったこと、の2つの理由によるものと思われる。

 もっとも島崎は、この区別は今となっては「無用」だと続けているのだが、とりあえず今のところは法律はこういうことになっている。

 ところで、被保険者に対する医療サービスが原則「療養の給付」という、現物給付の形をとることの意味はなんだろうか。

 もちろん、現物給付のほうが被保険者の負担が小さいということはある。現金給付の場合は、いったん費用の全額を医療機関等に支払い、後で保険者に請求して償還払いを受けることになるので、一時でも多額の費用を負担する必要が生じるのが基本である。現物給付であれば最初から一部負担金さえ用意できればそれでいい。

 一方、こういう説明もできる*2。東京から大阪まで新幹線による移動を保障するサービスがあるとする。このとき、現物給付であれば新幹線のタダ券をもらうことになるし、現金給付であれば新幹線代を現金で受け取ることになる。

 しかし東京から大阪までの移動手段は新幹線だけではない。航空機を使ったほうが早いかもしれない。このとき現金給付であれば、多少の差額は自腹を切る必要があるかもしれないが、新幹線代としてもらった現金を航空券購入に充てることも可能だ。現物給付となるとそうはいかない。あくまでもらえるのは新幹線のタダ券だから、転売して換金でもしない限り航空券を得ることはできない。

 実は健康保険の現物給付でも同じようなことはある。医者がやることならなんでも保険が使えるわけではなく、保険が適用される診療は決められている。それらを現物給付することによって、医療の品質管理をやろうとしているわけだ。

 もちろん自由診療との混合診療を解禁すべしという議論もあり、どっちがいいかは私には分からないが、今のところはそういう考え方で運用されているということをまずは押さえておきたい。

*1:島崎謙治(2016)『(社会保障と法政策)健康保険法における被扶養者の概念とその取扱い』「社会保障研究」第1巻第3号、614ページ。

*2:川渕孝一(2000)『保険給付と保険外負担の現状と展望に関する研究報告書』「日本医師会総合政策研究機構報告書」第15号、23-24ページの解説を基にした。